陸上100m走選手のパフォーマンスを高めるトレーニング論
様々な種目のある陸上競技なかからトラック競技の花形といわれる100m走についてのトレーニングについて書いていきます。
陸上100m走の構造
まずは100m走の競技特性や構造についてみていきます。
100m走の構造と特徴
100m走は100mという距離を4つの局面に大別できます。
上図のようにスタート→加速疾走→中間疾走→フィニッシュという4つの局面で100mを区切って考えます。
9秒台で走る世界のトップスプリンターでは100mの中でおよそ70m~80m程度の区間でトップスピードに達するとされており、10秒台の選手などでは50m~の区間でトップスピードに達するとされています。
このトップスピードに達してからは選手間で大小差はあれど、全ての選手が減速していきます。
このように100m走はそのタイミングにより疾走速度の変化します。これを基に3つの局面(主に加速局面,最大疾走局面,減速局面の3局面に分類されることが多くMero et al.,1992;Delecluse et al.,1995)に分けられることもありますが本記事では陸上競技連盟の記事にある4局面を採用します。
走動作の期分け
100m走を大きく4局面に分解してみることができました。
今度はさらに細分化し、走動作1つを切り抜きます。
走動作も先の4局面のように大きく2つに期分けして考えることができます。
どちらか一方の足が接地している状態を支持期(もしくは立脚期ともいう)。両足とも地面から離れている状態を遊脚期(陸上競技連盟では滞空とされていますが今回は遊脚期で統一)といいます。
スピードを高めるために必要なこと
100mという限られた距離の中をできる限り速く駆け抜けるために必要なことを局面と走動作の期分けから考えると
スタート
・リアクションタイム(スタート時の反応)の短縮
・スタートで大きな力を発揮しスターティングブロックから強い反力を得る
加速局面
・素早くピッチを高める
・ストライドを大きくする
中間疾走→フィニッシュ
・減速割合を減少させる
上記のようなことが100mという中で最大限スピードを高めることへつながると考えらえますね。
次にそれぞれの局面ごとに改善すべき要素について詳しく説明します。
スタート局面
リアクションタイムの短縮
リアクションタイムつまり、スタートの合図へ対して反応するまでの時間のことです。
リアクションタイムを改善するためには、何度も高い集中力をもった状態でスタート練習を繰り返すのが有効でしょう。
100分の1秒を競うという100mの世界ではスタートのわずかな時間すらも削って、少しでも早く高い速度域へ移行していきたいというのが選手としては当然の考えです。
ですが、現在のルールでは0.1秒未満のリアクションタイムの場合フライングとみなされるため、0.1秒よりもリアクションタイムを削ることは困難です。
また、こちらの動画をご覧ください。
パリオリンピックの男子100m走の決勝の動画です。
その中でも100m上位3名のリアクションタイムは以下のようになっていました。
1位 ライルズ選手 0.178秒
2位 トンプソン選手 0.176秒
3位 カーリー選手 0.108秒
世界のトップレベルの選手でリアクションタイムの平均は0.14秒前後されています。
パリオリンピック上位3人のタイムを見ると、3位のカーリー選手がリアクションタイムの許容ぎりぎりの神がかったタイムを出していますが、順位は3位という結果になっています。
もちろんわずかなタイムを削る作業が大事というの間違ってはいないのですが、決してリアクションタイムがすべてというわけではなさそうです。
そのため、重要とはいえそこまで注力して、あえてリアクションタイムを削り出すトレーニングなどを積む必要は薄いかもしれません。
まずは高い集中力をもってしてスタートから加速局面の練習をするので十分かと思われます。
大きな力を発揮しスターティングブロックから強い反力を得る
作用反作用という物理法則を覚えていますか?
物体に力を加えるとき、必ず逆向きの力が現れます。
このとき、一方の力を作用、もう一方の力を反作用といいます。
”2つの物体が互いに及ぼし合う作用と反作用は、同一作用線上にあり、大きさは等しく、互いに逆向きとなる” これを作用・反作用の法則というのです。
詳しく知りたい方は以下の動画がわかりやすいのでおススメです↓
我々が地面に立っていられるのも、地面に対して我々が力を加えているのに対して、地面から同等の力で押し返されているためにできていることです。
さらにいうと、運動時にジャンプをすることもこれと同様で、地面に対して強く力を発揮することで、地面からも大きな力が返ってくるために高く飛び上がることができます。
話を陸上100m走に戻しましょう。
100走ではスタートの局面でスターティングブロックを蹴りだして一歩目を踏み出します。
先ほどの作用反作用の法則から考えるに、この時にスターティングブロックをより強く推すことでスターティングブロックから大きな反力が得られることがわかります。
ここで重要なことは
・大きな力を発揮すること
・正しい方向に力を発揮すること
大きく分けると上記2点がスタートでより早く加速することにつながります。
加速局面
素早くピッチを高める
走る動作においてスピードを決めるのは「ピッチ×ストライド」と考えることができます。
人間は力を大きく発揮しようとすると動作スピードは低下し、反対にスピードを上げようとすると出力が低下します(力速度曲線)。
イメージは数のような形です。
陸上競技100m走に置き換えて考えると、スタート時は運ばれる物体である人間は動きの全くない状態から前進するように力を発揮します。
そのため、運動が0の状態の物体を動かすため、非常に大きな力を発揮する必要があるためスタート直後はピッチは思うように上がりません。
そこから徐々にスピードが乗ってくると、スピードの上昇に伴い筋力を大きく発揮する局面から、ピッチを上げて走行する局面へと移行していくことができます。
では、ピッチを高めるために、どうすればいいのかというと
・地面反力をより大きくする
・股関節屈曲筋を鍛える
・高回転域の動作を身体に覚えさせる
上記のような取り組みが考えられます。
ストライドを大きくする
先ほどのピッチに関する説明でも書きましたが、走動作のスピードを決める要因は「ピッチ×ストライド」に集約されます。
そのためピッチを高め、ストライドを大きくすることでスピードが向上するといえます。
ストライドを大きくするためには
・地面反力をより大きくする
・大きなストライドで走行する動作を身につける
これらが有効です。
中間疾走→フィニッシュ
減速割合を減少させる
最大速度に達してからフィニッシュに至るまでの局面である中間疾走→フィニッシュの局面。
この局面ではどんなトップスプリンターであっても3~7%程度の原則が生じるとされています。
タイムを短縮するための要因という内容で書いていますが、この中間疾走における減速についてはあまり深く考えすぎない方がいいかもしれません。
というのも、実は減速の割合に個人差があまりないとするデータがあるからです。
こちらをご覧ください。
上図は2007年佐賀総体男子100m決勝の出場選手別のスピード曲線です。
ほかにもオリンピックなどのデータも確認しましたが、やはりどの選手でも70m~80m付近でトップスピードから減速していく傾向にあり、その程度もほぼ同じ程度とみられます。
まだ中学生や高校低学年など競技歴が浅い選手はこの限りではないと考えられますが、基本的に減速の程度が同じであるならばトップスピードの向上に注力すべきと考えるべきでしょう。
つまり、減速の割合を下げることはできないかもしれないがトップスピードを上げることによりタイムを短縮できる。そして、トップスピードを方法は先程の加速局面のところで書いたことをやっていくことで解決できるということです。
100mのタイムを短縮するためにトレーニングで介入できるポイントと具体的方法
先に各局面ごとにタイム短縮に必要な要素を書き出しました。
その中でそれぞれ、大事なポイントをお伝えしましたがスタート局面のリアクションタイム短縮を除き、いくつか大事なポイントを挙げました。
そのポイントをまとめると
スタート局面
・スターティングブロックに対して大きな力を発揮すること
・スターティングブロックに対して正しい方向に力を発揮すること
加速局面
・地面反力をより大きくする
・股関節屈曲筋を鍛える
そしてこれらのポイントこそ、ストレングストレーニングによって介入し、改善していくことのできるポイントでもあります。
スターティングブロックに対して大きな力を発揮できるようになる方法
スターティングブロックに対して大きな力を発揮できるようになるには
・筋肥大
・最大筋力の向上
・パワー発揮能力の向上
上記が必要となります。
パワーと筋力は混同されがちですが、実際は全く違います。
筋力は発揮できる力の大きさ、パワーは単位時間あたりに発揮できる力の大きさ。
つまり、どれだけ早く大きな力を発揮できるかがパワーであり、陸上競技をはじめとするアスリートにとって非常に大切な能力の1つです。
筋肥大・最大筋力の向上
→バックスクワット、デッドリフトなど
パワー発揮能力向上
→クリーン、スクワットジャンプなど
パワー発揮能力を高めるためには、まず大きな出力ができる優れた筋力を手に入れる必要があり、さらに筋力を発揮するためには筋の横断面積を大きくする必要があるのでこれらは切っても切れない関係にあります。
スターティングブロックに対して正しい方向に力を発揮すること
力を大きく発揮するのと同様に重要な能力なのが正しい方向に力を発揮することです。
力は地面などに発揮した力と同等の力で反発する作用反作用があると述べました。
効率的にスタートで発揮した力を推進力に転換するためには、自分が進みたい方向へ向けて最も効率的な方向へ力を発揮して、反力を得る必要があります。
そしてそれを実現するための手段として挙げられるのが
・ウォールドリル
というものです。
100m走のスタートから加速段階においては積極的に体が前傾して、重心を前に前に運んでいくような姿勢になります。
この姿勢でパワー発揮する感覚を入力するためにも、このウォールドリルは手軽かつ有効な手段となるためおすすめです。
地面反力をより大きくする
基本的な考えは先程記載した「スターティングブロックに大きな床反力を与える」というところで説明したように、最大筋力を高めることや、そこからさらに大きなパワー発揮をできるようにしていくということが求められます。
しかし、スタート時とスタート直後から加速局面、さらには中間疾走などの局面での床反力増大にはまた別なタイプの
・プライオメトリクス
に分類されるようなエクササイズが有効です。
プライオメトリクスは筋肉の伸張反射と呼ばれるメカニズムを利用して、爆発的な力発揮を引き出すためのトレーニング方法です。
特に陸上選手など走る系の競技種目に取り組んでいるアスリートでなじみがあるかもしれませんが
アンクルホップやバウンディングなどの跳ねるような動作がこれに該当します。
股関節屈曲筋を鍛える
100m走おいて股関節屈曲筋(股関節を曲げる働きのある筋肉)である腸腰筋(大腰筋と腸骨筋)を鍛えることはピッチを高め、スムーズな走動作を実現するうえで非常に重要となる可能性があります。
こちらは以前テレビ番組で取り上げられたアサファパウエル選手(元男子100mジャマイカ代表選手)と朝原宣治選手(元100m日本代表選手)の大腰筋の画像です。
両選手ともに世界で活躍するトップスプリンターですが、明らかにアサファパウエル選手の大腰筋が発達していることが一目瞭然です。
なぜこの大腰筋が発達し、これがスプリンターに重要かというと走動作が関係しています。
画像の中央の選手の後ろ側の脚をみてください。
後方へ伸びている時に先ほど紹介した大腰筋などの股関節屈曲筋が強くストレッチされます。
すると、大腰筋は伸張反射というメカニズムを利用して、バネやゴムのごとく今度は強く収縮しようと大きな力を発揮します。
大腰筋がストレッチされ伸張反射を起こすことで地面を蹴った脚は再度前方へ素早く戻ることが可能となりピッチを上げることができます。
このことから大腰筋をはじめとする股関節屈曲筋である腸腰筋を鍛えておくことはピッチをあげるうえで重要であるといえます。
動画にあるようなエクササイズで手軽に鍛えることができるので、バンド等購入し実践してみるといいでしょう。
ピッチとストライドの関係
100mにおけるスピードは「ピッチ×ストライド」と表現をしましたが、闇雲にピッチをあげたりストライドを拡げるのは注意が必要です。
実はこのストライドとピッチには負の相互作用があるというデータもあります。
ピッチを上げるとストライドが狭くなり、ストライドを拡げればピッチが低下するというもの。
以前はピッチを上げる方がスピードを高めるうえで有効であるとする論文や、ストライドを拡げる方が有効だとする論文がありましたが、現在はどちらか一方が正義というような一元論的な考えではなく、その選手一人ひとりの特徴などを考慮しフォームを構築していくべきでしょう。
参考文献
Interaction of step length and step rate during sprint running(Hunter et al., 2004)
まとめ
100mはシンプルな構造ゆえに、いかに身体機能を高めるかが重要となってきます。
正しいトレーニングを実施して、高い競技パフォーマンスを発揮できるようにしていきましょう。
以下の記事で実際のトレーニングプログラムなどについて書いてありますので、こちらもぜひご一読ください。
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